無印良品の歴史

「ノーブランド、高い品質」を端的に表現する「無印良品」は、<わけあって、安い。>と宣言して、西友のプライベートブランド(PB)として始まった。

当時「脱・大衆消費」を志向し、文化戦略を先導していたセゾングループの堤清二氏も起案に関わった。

スーパー系PB商品そのものは1960年代から登場していたが、とりわけ無印良品が大きく躍進したのは、ブランドを魅力的に演出し発展させることに長けた、セゾン系の風土によるところが大きい。

その結果日本のみならず世界の主要スーパー系プライベートブランドとしては最高級と云って良いブランド力を誇る。

1980年、スタート時は食品中心にアイテム数40。

あくまで西友に並ぶ商品であることから、コスト削減・ムダの排除による低価格化など、価格競争力をアピールするものだった。

しかし、ユニークなコンセプトや、異なった発想から生まれた商品群、商品の一つ一つにメッセージ性を託したのは、既存のナショナルブランドには見られなかった試みであり、非常に好対照をなした。

1983年に青山に出した路面店は話題となり客が殺到した。

青山店は広告塔の位置づけであったが、オンリーショップの実験モデルとなり、以後店舗拡大。

こうして、「西友の商品」から早めに決別して、ブランド特化へと舵を切ったことが奏功した。

また、当時の西武/セゾンの上質なイメージともうまく融合した。

年々ヒット商品を生み出しアイテムは次第に増えていった。

平成不況と呼ばれた1990年代は、まさに無印の時代であった。

ファッションでは「モノトーン・無機質・ミニマリズム」に代表されるモードが世界的潮流となり、インテリアではシンプルを基調とする北欧モダンがトレンドとなった。

「癒しブーム」を反映して、穏やかな色使いを基調とする無印はいっそうトレンドに乗った。

熱狂的な無印ファン(ムジラー)が出現した。

しかし、東証一部上場を機に、ナショナル・チェーンを目指したことが誤算となった。

すでに多店舗展開で希少性が薄れてつつあったところに、フルラインナップ投入を急いだ結果、店頭には凡庸な商品があふれた。

自動車(MujiCar1000)・ネット事業・クレジットカード事業・分譲住宅・カフェ事業といった多角化は、ものづくりに徹した往年のイメージを失わせた。

こうしたことが(生活必需品ではなく)ファッション・イメージで捉えられていた無印良品にとってはブランド価値を落とす結果となり、顧客の大量離反を招いた。

そして100円ショップやユニクロなどの価格破壊勢力と競合し、対抗値下げを断行。

こうした迷走により、創業以来の右上がり成長は止まり株価は暴落。

現在では、原点に立ち戻った丁寧な商品企画(無印スタンダード)や、増えすぎたアイテム数の削減、アパレル商品のデザイン強化に努め、売上は回復基調である。

絶頂期のカリスマ的イメージは失われたが、有名専門店の一つに挙げられ、幅広い客層に支持されている。



無印良品の歴史
posted by muji at 02:38 | 無印良品の概要
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